娘の不思議体験(訂正版)
2006.06.17 (Sat)
先日の「神隠し」の記事で書いた娘の生活科バッグの不思議体験。。今日もう1回詳しく聞いてみたら微妙に違っていたところと、私が忘れていたところがあったので訂正します^^;今日の娘の証言によると、一人で部屋に行くと、そこはおもちゃやら何やらでものすごく散らかっていて、これを片付けなくてはいけないのか。。と思ったら、「うわ〜〜、これどうすればいいの〜〜」とプチパニックになったそうです。
その時、ピカッとフラッシュみたいなものが光ったのだそうです。すると、今までごちゃごちゃだった部屋が一瞬でピカピカ。。綺麗に片付いていたそうです。机の上もピカピカで教科書とかノートが綺麗に重ねて置いてあったみたいです。その一番上に生活科バッグがあったので、娘はそれを取ってランドセルに入れたと。。そうそう、そうだった。。と私も思い出しました。
普通、ごちゃごちゃだった部屋が一瞬で片付いたら、大人だったらそれだけで腰を抜かすと思うのですが、そこらへんはやっぱり子供ですね。。
ただやはり周囲は霧がかかったように薄い感じで、それで窓辺の赤い花ですが、実際には置いていなかったはずの赤い花が、その霧のかかったピカピカの部屋の窓辺には置いてあったそうです。「その赤い花も霧がかかったみたいに薄かったもん。」と娘は言っていたのでした。(ここが私の勘違いしていたところです。)
バッグを入れたあと、廊下に出たあたりで霧はだんだん晴れてきて、そしてまたフラッシュがピカッと光ったそうです。。
う〜〜〜〜ん。。。。昔、私自身が、意識が飛んだ体験をしたときも、超難解な本を読んで、「うわ〜〜〜」となった時でした。。切羽詰った状態になると飛ぶのかも??
それと、夜ごはんの時に、私も懲りずに^^;またもや子供達相手に変な質問をしていました。
私「ブロッコリーって何色?」
娘&息子「緑!」
私「緑ってどんな色?」
娘&息子「ブロッコリーの色。」
こんな感じでレモンは?黄色。。黄色って?レモンの色。。みたいに冗談でずっとやっていたら、隣で主人がホトホトあきれた顔で「ねえ、何やってるの?」と一言。。。
「だってさ。。パパの見ている色と私の見ている色。。絶対一緒かどうか分からないでしょ〜。」
すると、娘がいきなり立ちあがるとバタバタと走って行き、なんだろう??と思っていたら、国語の教科書を持って戻ってきました。
「ママ!これ読んでみて!」
ちょっと食事中にめんどくさいなぁ。。なんてチラッと思ったのですが、でも読んでみてびっくりでした。多分、ふうさんもびっくりするのではないかなぁ?なんて思いました。
それは、西研さんという方が書かれた「ぼくの世界、きみの世界」というものです。。
ちょっと抜粋します。
「ぼくの世界、きみの世界」 著・西 研
ぼくが、小学校の四年生か、五年生だったころのことだ。
ふろからあがって、しばらくぼんやりしながら、天井からぶら下がっているうす暗い電球を見ていた時、ふとこんな考えがうかんだ。
『この電球は、丸くて、うす暗くて、だいだい色をしている。でもこれは、ぼくだけにそう見えているんじゃないか。ひょっとしたら、自分以外の人には、全然ちがったふうに見えているのかもしれない。』
もちろん、ほかの人にどう見えているかを、具体的に想像してみたわけではない。ただ、「自分に見えているものは、あくまでも、自分にそう見えているだけなのだ。ほかの人にも同じように見えている保証はどこにもない。」そういう思いが、不意にわいてきたのである。その時、なんともいえず不思議で、心細い感じがしたことを、今でもはっきり覚えている。
この体験は、ずいぶんあとになるまで、だれにも話さなかった。人に話すほどの意味があるとは、思えなかったからだ。
だが、大人になってこの話をしてみたら、同じような体験があるという人が、かなりたくさんいるとわかっておどろいた。それどころか、哲学を研究する人たちの世界では、昔から大まじめに議論されてきた問題だったのである。
例えば、甘味や痛みのような感覚は、すべての人に共通しているといえるか、という問題がある。
子供達の教科書。。おもしろいです。。
ランキングに参加してみました。よろしくお願いします。。
コメント
湘南さんへ
ひとりぼっち
こんばんは
この自分だけが、感じている世界というのは、哲学の世界ではなくて、ある意識の状態のことを言っているのだと思います。
完全にひとりぼっち、なにもかも見知らぬ世界、常に新たなものしかない世界が拡がっているように聞いています。
その世界のことを書いたものが,どこかにありそうですね。
この自分だけが、感じている世界というのは、哲学の世界ではなくて、ある意識の状態のことを言っているのだと思います。
完全にひとりぼっち、なにもかも見知らぬ世界、常に新たなものしかない世界が拡がっているように聞いています。
その世界のことを書いたものが,どこかにありそうですね。
bashirさんへ
bashirさん、こんにちは^^ありがとうございます。
そうですね、守ってあげたいですね。。
子供ってすごいなぁ。って思うことがよくあります。
そして私も、子供の心を持ちつづけたいと思っています^^
そうですね、守ってあげたいですね。。
子供ってすごいなぁ。って思うことがよくあります。
そして私も、子供の心を持ちつづけたいと思っています^^
ふうさんへ
ふうさん、こんにちは〜^^
哲学科出身でいらしたんですね!びっくりです。
>「精神世界」に対応する英語は「metaphysics」らしいのですが、これは哲学では「形而上学」という意味です
なるほどぉ。そうなのですかぁ。。
哲学っていうと、シンプルなことをわざわざ小難しく
表現して、議論する。。というイメージがあったので、
ずっと遠くから眺めるだけでしたが、ちゃんと読んでみると
意外とおもしろいんだぁ。。と私も、最近思いました^^;
どんな分野でもみんな、目指すものは一緒ですものね!
哲学科出身でいらしたんですね!びっくりです。
>「精神世界」に対応する英語は「metaphysics」らしいのですが、これは哲学では「形而上学」という意味です
なるほどぉ。そうなのですかぁ。。
哲学っていうと、シンプルなことをわざわざ小難しく
表現して、議論する。。というイメージがあったので、
ずっと遠くから眺めるだけでしたが、ちゃんと読んでみると
意外とおもしろいんだぁ。。と私も、最近思いました^^;
どんな分野でもみんな、目指すものは一緒ですものね!
素敵な話ですね!
こういう子供の貴重な体験を、守ってあげたいですね、、、さすが、Lyricaさんのお子さんですね!
ふええ、哲学の題材だったんですね。
そういやー、私は一応哲学科出身なんですが、哲学の主要な問題にはついぞ触れずに卒業してしまいました。
今になって、たとえばウィトゲンシュタインのかなり偏った入門書なんかを買ってきて、けっこう面白いじゃん、と思いつつ読んでいます。
好きで哲学をやっている人は発想も柔軟なんですが、哲学科にいた大学院生の人たちは、頭が完全に、瑣末な議論で凝り固まっていて、お近づきになりたくありませんでしたっけ。
ちなみに、「精神世界」に対応する英語は「metaphysics」らしいのですが、これは哲学では「形而上学」という意味です。
そういやー、私は一応哲学科出身なんですが、哲学の主要な問題にはついぞ触れずに卒業してしまいました。
今になって、たとえばウィトゲンシュタインのかなり偏った入門書なんかを買ってきて、けっこう面白いじゃん、と思いつつ読んでいます。
好きで哲学をやっている人は発想も柔軟なんですが、哲学科にいた大学院生の人たちは、頭が完全に、瑣末な議論で凝り固まっていて、お近づきになりたくありませんでしたっけ。
ちなみに、「精神世界」に対応する英語は「metaphysics」らしいのですが、これは哲学では「形而上学」という意味です。
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最初はこんな変な事を考えるのは自分だけだろうなぁ。。と思っていて、それなのに、近くに同じような事を考えている人がいたんだ。。と、びっくり&感動しました。
その数日後、このように、同じような事を考えていた人が他にもたくさんいたことを知り、哲学者達がこれについてまじめに議論していたことを知り。。とてもびっくりしているところです。
誰かに教わったわけではないのに、多くの人が「ふと」同じような事を考えるって、不思議ですね。
>その世界のことを書いたものが,どこかにありそうですね。
そうですね。なんだか湘南さんのブログの中のどこかに、ありそうな気がします。。